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統計的データ解析技術を活用したデンカグループ全体の品質技術力向上。それが引馬のミッションである。
「主要なテーマは工程での品質のつくりこみと不良率の低減。製品の研究開発と生産過程における原材料や製造プロセスなどのさまざまなデータを解析することによって、不良の発生を未然に防止するとともに顕在化した不良を撲滅し、かつ製品の信頼性を確保することです」
本社および各事業所の研究開発・製造・品質部門と連携をとりながら、品質に関する課題の摘出と共有化を進め、統計的データ解析を使って「何をどのように改善すれば問題点が解決できるか」を探る。
引馬がこの統計的データ解析に取り組み始めたのは10年ほど前のことだが、当初はなかなかその効果を周りに認めてもらえなかったという。
「最初の頃は、私自身の解析技術の未熟さもあって思ったような効果が出ないケースもありました。またデータ解析による改善を現場に適用して、多少歩留まりが向上しても、それがわずかな変化だと、本当は何が作用したのか判断しにくい。効果を認知してもらえるようになるまでは辛かったですね」
当然、研究室で待っていても仕事はやってこない。解析が適用できそうな案件を求めて、御用聞きのように全国の工場を回って自分で仕事をつくった。
「毎年いくつもの案件をこなした結果、年単位で不良率の推移を見ると有意な差となって表れるようになりました。また、最適化のための実験を効率的に進められた事例が蓄積されてきました。それで、次第に先方から持ちかけられる相談の件数が増えてきました」
研究職として1993年に入社した引馬は、町田の総合研究所(のちに中央研究所、現在はデンカイノベーションセンターに改称)に配属となり、無機材料の研究・開発に従事した。いまも記憶に残っているのは、入社3年目のときに上司から言われた「自分の得意分野は自分で探しなさい」という言葉だ。
「セラミックスの研究がしたいと考えて入社しましたが、デンカには無機材料開発の猛者が数多くいますから、人と同じことをしていては埋没してしまう」
「『上から指示されたことをやっているだけではダメ。何か自分の武器を探さなければ』と意識するきっかけになりました」
転機は入社7年目。量子化学計算などコンピュータを使った研究開発支援を担当するチームに異動。そこの先輩のアドバイスで統計的データ解析という手法の存在を知る。
「やる以上はこの分野において社内で一番強い人間になろうと考え、自ら統計学の先生にコンタクトを取って指導を仰いだり、社外の勉強会に参加したりしながらスキルを磨きました」
「当時はこれが本当に仕事で使い物になるかどうかは未知数でしたが、上司はこの分野に挑戦したいという私の申し出を快く承認して、研究を続けさせてくれました。成長のチャンスをいただけたことに感謝しています」
いまや名実ともにデンカにおける統計的データ解析の第一人者となった引馬。今後の大きなテーマは、全国の工場に自分の分身を増やしていくことだ。
「各事業所の研究・開発部門や、品質管理・保証部門に出向いてデータ解析のノウハウを伝承し、研究開発や品質管理・保証活動をリードする技術者を育成する活動に力を入れています。各所に指導者を育成することで解析技術の普及を加速し、デンカグループ全体の現場力の底上げに貢献したい」
このデータ解析技術は、さまざまな用途に活用できる。
たとえば商品企画に役立つ市場情報の抽出、実験計画法による研究開発期間とコストの最小化、製造誤差や使用環境変化等の不確定性の影響を受けにくい製品の設計、生産準備段階における品質と信頼性のつくり込み、検査方法の設計、技術の可視化と共有などだ。とくにいま生産の現場では、団塊世代の定年退職にともなう現場ノウハウの消失が懸念されている。「そうした熟練技術者の技を、統計的データ解析技術によって可視化し、後進に伝えていく活動にも取り組んでいきたい」と引馬は語る。
これまで引馬は女性研究職として、第一線で活躍してきた。その過程においては子育てや親の看病など、男性社員なら家族に任せてしまえるような問題も背負う必要があった。
「女性が企業で働き続けるには多数のハードルを乗り越える必要があります。ときには、心ならずも家族や同僚、上司に迷惑をかけてしまうことも。そうした女性特有の問題を共有し、女性社員が生き生きと働き続けられる環境づくりにも貢献していけたらと思っています」
大学時代に所属学科の工場見学旅行でいろいろなメーカーさんを回ったのですが、その中の一つがデンカの大牟田工場。無機化学を専攻していたので工場で見た高機能セラミックス製品に興味を持ったことに加えて、実直で飾らない人間味のある社風に魅力を感じたことが決め手になりました。
会社は学校とは違い、答えが上から与えられるわけではありません。自分で問題に気づき、自分で解法を探していくことが求められます。一人で解決できる問題は少ないので、協力者や詳しい人を探すなど、自ら能動的に行動することが大切。常に勉強の気持ちを忘れず、謙虚な姿勢で臨めば必ず道は開けます。