Denka - デンカ株式会社 - 新卒採用 2023

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堀内 博人
CAREER STORY
営業

過去のあらゆる経験が、
今の自分のキャリアをつくってきた。

堀内 博人
特殊導電材料部 部長
1990年入社
工学部 応用化学科卒
#化学・材料系出身#営業#東京都で働く#学士#管理職社員

キャリアパス

1990年
大牟田工場 開発研究部
1992年
動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)大洗開発センター出向
1995年
大牟田工場 第3製造部
1998年
本社 電子・機能材料事業部 電子材料課
2000年
本社 電子・機能材料事業部 TMBチーム
2002年
Denka Chemicals GmbH(ドイツ)
2008年
本社 電子材料事業本部 電子材料事業部 機能性セラミックス部[課長]
2010年
中国代表部[課長] 兼 電化(上海)貿易有限公司 出向(中国)
2015年
4月 本社 特殊導電材料部[次長]
2015年
6月 本社 特殊導電材料部[部長]

プロローグ

 堀内博人は東京・姫路・大分など全国を異動する転勤族の家に育った。
「いま思えば、子供時代の転校の繰り返しのおかげで環境の変化に順応するタイプになったのかもしれませんね」
 大学で応用化学を学んだ堀内は、就職活動でメーカーを志望した。折しもバブル景気の真っ只中、教授推薦さえあれば就職に苦労はしなかった。数ある志望企業のなかから、多様な化学製品や原料からの一貫生産などに強みを感じ、堀内はデンカに入社する。配属先は九州、大牟田工場。また新たな環境に飛び込んだ。

仕事風景

STEP 1:24歳歩留まり5%。
どん底からの改善プロジェクト

 堀内が配属された大牟田工場の開発研究部は、窒化ケイ素や窒化アルミニウム等の無機化学材料を扱っており、それら無機材料の一つであるセラミックスの機能性粉体を板状に成型し、さらに銅回路を付与させたセラミックス・銅回路基板の開発が行われていた。1990年に堀内が配属された当時は、量産ラインの建設開始時期であり、量産開始した際には製造された製品の歩留まり(出荷可能な良品の割合)が5%以下という驚愕の水準だった。

「セラミックスを板状に成型して、銅回路を接合させるのですが、プロセスが確立されておらず、最初は回路の欠損やサイズ違いが頻発していました。当時は生産ラインに30名の検査員が貼り付いて、製品の山から人海戦術で良品を選別していたんです。これでは商売になりません」
 最終工程であるメッキ加工は社外の協力会社で行っていたため、自ら車を運転して週に何度も大牟田の工場と熊本の協力会社間を往復した。業者で加工した完成品を車で持ち帰り、工場で評価して、再びプロセスを検討する。大牟田工場や協力会社と共同で製造プロセスの改善を行うことの他に改善の手段はない。

 誰のせいにもできない。自分が責任を負い、やりぬく覚悟を持って社内・社外を奔走し、検証を行いながら協力を仰ぐ。体力には自信があった堀内だが、このときはかなり堪えた。それでも「最後はなんとかなる」と苦しい日々を耐えた。顧客向けに製造するサンプル数は1,000個、10,000個と増えていき、1992年には無事に上市が決まった。5%以下だった収率は、90%以上にまで改善されていた。「最後はなんとかなる」。この希望が確信へと変わった瞬間でもあった。

インタビューの様子

STEP 2:30歳研究部門の経験を武器に、
営業部門で成果を上げる

 入社8年目となる1998年、堀内は本社への異動を命じられる。回路基板の拡販と当時の新商品「アルシンク」の商業化のため、テクニカルサービスができる営業として抜擢されたのだ。
「とにかく驚きました。当時の上司は『技術開発で内にこもるより、外の人間と関わったほうが伸びる』と判断したのかもしれませんね」
 セラミックスと金属の複合材料であるアルシンクは、低熱膨張、高熱伝導、高強度、軽量といった多くの特徴がある。

 なぜこんなにも利点を併せ持つことができるのか、研究職としての経験と技術的な知識を持つ堀内の説明には説得力があり、ユーザーにとっては頼りになる存在となった。
「仕様の協議や品質クレームへの対応など、工場で対応可能な範囲を推測できるのも大きな強みでしたね。何より当社材料は技術で勝負できる商品だったので、やりがいもありました」

 この経験を通じて堀内は、技術ばかりに向いていた視野の狭さを実感し、顧客目線で製品や技術を見ることができるようになったという。
「総じて、自分はラッキーだったと思う」と堀内は振り返る。親が転勤族ゆえに環境の変化に順応でき、技術開発の経験があるからこそ営業で結果を残すことができた。過去の経験が未来につながっている。このあと経験する海外赴任でも、技術と営業に携わった過去が堀内自身を助けることになる。

インタビューの様子

STEP 3:34歳2度の海外赴任で、
グローバルな視点を養う

 営業として海外顧客を担当するようになった堀内は、「営業先として国内以上に海外が重要になる」と直感し、2000年から英会話教室に通い始めた。その矢先に、海外赴任が決まった。行き先は、デンカの欧州全土の市場を管轄するドイツのデュッセルドルフにある現地法人、デンカケミカルズだ。
 欧州全土の顧客とのやりとりが発生する。互いに慣れない英語でコミュニケーションを取らなければならない。問題に直面するたび海外経験豊富な上司に相談し、一人前になるまで1年半はかかったという。

「現地ではゴール(結論)を明確にしてから議論を始めるのが印象的でした。国によっても対話の進め方に特徴があり、相手に合わせた交渉の引き出しも増えていきました」
 2010年にはバックオフィス担当として、中国へ赴任。デンカ初の海外研究専門拠点の設置、営業拠点の拡充や新工場建設のための交渉や契約、設立申請などを担当した。

 仕事を通じて信頼関係を積み上げる欧州に対し、中国はまず人と人とのコミュニケーションからスタートする。現地でのコミュニケーションを深めるため、中国業務では酒席も多くこなした。
「バックオフィスは未経験でしたが、今まで日本で築いたネットワークから多くの方に助けてもらうことができました。さらに幅広い領域の方々と接点を持てたことは、今でも大切な宝物となっています」

FUTUREデンカの特殊カーボンを世界標準へ

 技術者からグローバル人材へというキャリアを歩んだ堀内。今後の夢は「デンカの特殊カーボンを世界標準にすること」だと言う。
「70年以上の長い歴史を持つ商品ですが、ここ10年でリチウムイオンバッテリーの材料として用いられるようになり、環境対応車(HEV、PHEV、EV)の市場拡大と共に急速に需要が伸びています。今後の拡大が進む中国・欧州・米国の環境対応車すべてにこの特殊カーボンを搭載させ、業界の世界標準にしていきたいと考えています」
 デンカの製品は時代と共に絶えず変化を繰り返し、新たな付加価値を身につけていく。その進化は、新しい環境に順応しながら、キャリアに厚みを増していった堀内の姿とも重なっていく。

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